人の気質には知・情・意の配分(比率)がある

今回はこれ。

『…シェルドンは、人間の行動特性というものを、個人内の特性体系とは無関係に、人間の一般的気質の構成要素として操作した。彼は、人間の気質成素に、知、情、意という常識的な徴候群をつくる特性を予測していた。そうして、これらの成素は、比率的な形で個人を支配していると考えたのである。ここにのべるタイプ論は、個人の行動特性を、最初からその個人のもつ理念的タイプ(マックス·ウェーベー的な)の表現として取扱うことから出発している。つまり個人を、何かのタイプの代表と仮定し、その行動特性を、他のタイプ的個人の行動特性と比較検討することによつてタイプ的徴候群を集約している。』(「人の研究」から引用)

これを簡単に要約して解釈すると、こうなります。

➡人がどんな人生観や価値観を持っているかには立ち入らず、人の気質は知(知性)・情(感情)・意(意志)という三つの要素の組み合わせで説明できるだろう、とシェルドンは考えた。

つまりシェルドンは、

・人の気質には知・情・意の配分(比率)がある
・その配分は理想的なモデル(100%の人)との比較によって浮かび上がる

と捉えたわけです。

■シェルドンのやり方(噛み砕き)

「知100%の人」という究極のモデルを想定する

目の前の個人(Aさん)を、そのモデルと比べる

次に「情100%の人」と比べる

さらに「意100%の人」と比べる

その結果、「Aさんは、知100%とはかなり違うが、情100%には比較的近い」といった 相対的位置 を確定させる

この方法は、
✔ 比較しやすく
✔ 操作しやすく
✔ 統計的・分類的には非常に優れています。

■ 増永はこう考えた

しかし、それをそのまま採用する増永ではありません。書籍のどこを探しても、例えばC3(トラ:帝旺)について

「知が40%、情が35%、意が25%」

などとは書かれていません。

増永がやったのは、こういう転回です。

〔人は〈知・情・意の比率〉として生きているのではない。〈ある世界観を代表する存在〉として生きている〕

つまり

「C3タイプは、知を軸に世界を理解し、世界と関わりながら生きている人である」

という捉え方です。

つまり増永は、比率の違いを見るのではなく、世界の見え方そのものの違いからタイプ論を構築し直したのです。

■ THE・3類型

ここでようやく、12類型の手前にある3類型の核心が見えてきます。

3類型とは、「大物」とか「太陽」とか「城」とかそういう比喩(分類)ではありません。

知・情・意。

人が何を軸に世界を理解し、どこから判断しどう生きようとするのか。その立脚点の違いを示したもの。

それが、増永学説における「3類型」です。

よろしいでしょうか。

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