■増永の6類型
6類型は、増永篤彦のタイプ論において、円環図を用いてはじめて浮かび上がる「関係性の構造」です。それは単なる分類ではなく、むしろ増永のタイプ論が持つ美学そのものと言ってもよいでしょう。
2類型や3類型には、心理学的背景としてシェルドンやクレッチマーの理論との親和性が見え隠れします。しかし6類型において、増永の発想はそれらを一段超えます。
西洋的なタイプ論に多く見られる「枠に当てはめて分ける分類」から離れ、個々を固定したまま、全体の調和とつながりを見るという、日本的文化感覚──
「和」を思わせる構造が、ここで立ち現れてくるのです。
一般的な性格タイプ論では、たとえば12のタイプがあった場合、それらを一度バラバラに並べ直し、共通点によって二つのグループ、あるいは三つのグループへと振り分け直す作業が行われます。
しかし増永のタイプ論は、その発想を取りません。
円環図の中で、命式によって配置された各タイプ(駒)は、最初から固定されています。それらを動かすことなく、全体を見渡すことで、「どのタイプとどのタイプが、どのような距離感・関係性にあるのか」が視覚的に理解できるよう設計されているのです。
このとき初めて見えてくるのが、6類型という“つながりの単位”です。ここでは一例として、十二運の「沐浴(もくよく)」を起点に、6類型の構造を見ていきます。
※ 十二運:沐浴(もくよく)
増永学説:情緒的行動派・開放型
協会表記:ファイト派アウトサイド型・ムード派側
●6類型―その①

図を見ていただくと、外側に配置された沐浴と、内側に位置する病(びょう)が、左隣にあるムード派(情緒派)と隣接していることがわかります。つまり、ファイト派に属する沐浴と病は、その配置関係から、ムード派の要素を取り込みやすい位置にあると読むことができます。
主軸はあくまでファイト派であるため、行動力や意志の強さ、物事に対するスピード感を持ち合わせています。しかし同時に、情緒的な感受性や気分の揺れといった側面も色濃く表れやすくなります。行動派でありながら、どこか情緒の影響を受けやすい──
この二面性こそが、この6類型の関係性から見えてくる特徴だと言えるでしょう。
●6類型―その②

次に示した図では、沐浴の隣に死(し)が配置されています。この関係性では、両者ともにファイト派を主軸とし、さらにアウトサイド型という共通点を持っています。6類型―その①では、アウトサイド型とインサイド型をひとつのまとまりとして捉えましたが、ここではアウトサイド型のみでの結びつきに注目します。
両者はともに意識が外へ向かいやすく、開放的で、人に対する警戒心が比較的薄い傾向を持ちます。
そのため、行動的であり、さらに人との関わりに臆することが少なく、勢いと率直さをもって周囲と関係を築いていく姿が浮かび上がります。同じファイト派・同じアウトサイド型という条件が重なることで、6類型としての共鳴がより明確に表れる組み合わせです。
●6類型―番外編

最後は「番外」として位置づける関係性です。これは増永の学説に明確に示されているものではありませんが、私自身の臨床や実践の中で見えてきた組み合わせです。沐浴の隣に配置される冠帯(かんたい)はムード派に属する十二運であり、3類型の分類上では別の括りとなります。しかし、両者はともにアウトサイド型という共通点を持ち、意識が外へ向かいやすいという立脚点を共有しています。
6類型―その①の関係性も踏まえて円環全体を眺めると、この二つの間にも確かな「つながり」が感じ取れます。増永が重視したように、分類を固定的に見るのではなく、現場での観察と検証を重ねた結果として、ここでは番外的な6類型として紹介しています。この考え方は、他のタイプ関係にも共通する視点です。
■6類型についての注意
本ページで紹介している6類型(※他の類型についても同様)は、性格を診断し、人を評価することを目的としたものではありません。
あくまで、増永篤彦のタイプ論において、円環構造の中で各タイプがどのような位置関係にあり、どの方向とつながりやすいのかを理解するための視点です。
人のあり方は、生育環境や経験、置かれてきた状況によって大きく変化します。6類型は(※その他も)は、その人を固定的に捉えるためのものではなく、理解を深めるための「読み取りの入口」として捉えてください。