2類型とは

■増永の2類型

増永篤彦のタイプ論において、2類型は、すべての類型構造の最深部に位置づけられています。

3類型では、知(知性派:クール派)・情(情緒派:ムード派)・意(行動派:ファイト派)という三つの心理的要素の配分や比重の違いが扱われます。そこには連続性があり、いわばグラデーションとして理解することが可能です。

しかし2類型は、そうした連続的な違いを扱う層ではありません。

ここで扱われるのは、そもそも人が「どこを起点に世界と関わっているのか」という、より根源的な立脚点の違いです。この発想は、ドイツの精神科医エルンスト・クレッチマーが示した外向・内向という方向性の区分とも響き合います。

ただし増永は、これを性格傾向や行動特性の分類としては扱いませんでした。増永が示した「二行」とは、性格の強弱や性質の違いではなく、世界へ向かって意識が開いているか

それとも、自分の内側を起点として世界を捉えているかという、方向性と姿勢そのものの違いを意味しています。この二つは、どちらが優れているかという関係ではなく、また、混ざり合ったり中間に位置したりするものでもありません。

■開放型(現:アウトサイド型)

2類型アウトサイド型を示す円環図。外円に養・冠帯・沐浴・死・胎・帝旺の六つが配置されている図。

アウトサイド型は、自分の内面よりも、外の世界や人との関わりの中で自分を感じ取りやすいタイプです。物事を細かく分析するよりも、全体の雰囲気や流れをつかむのが得意で、「まずやってみる」「感じたまま動く」といった姿勢が自然に出ます。人との距離が比較的近く、思っていることを表に出しやすいため、周囲からは明るく開放的に見られることが多いでしょう。変化や刺激を前向きに受け止め、環境が変わっても自分を柔軟に切り替えていけるのも特徴です。安定とは、同じ状態にとどまることではなく、動きながら保たれるものだと感じやすいタイプです。

【気が大きく―気が弱い】という軸
【自分を人にわからせたい】人たち

■内閉型(現:インサイド型)

2類型インサイド型を示す円環図。内円に墓・衰・病・長生・建禄・絶の六つが配置されている図。

インサイド型は、まず自分の内側を基準にして物事を考えるタイプです。全体の雰囲気よりも、細かな違いや構造に目が向きやすく、「本当にそうなのか」「筋が通っているか」を大切にします。人との関係では慎重で、簡単に心を開くことは少なく、相手や状況をよく観察してから関わろうとします。変化を好むよりも、落ち着いた環境を保つことで安心感を得やすく、積み重ねや継続を重んじる傾向があります。自分を守ろうとする意識が強いため、内面には緊張感を抱えやすい一方、物事を冷静に見つめる力や粘り強さに優れたタイプです。

【気が強く―気が小さい】という軸
【人がわかりたい】人たち

■2類型補足

3類型のページでも触れましたが、増永は一貫して『五行思想では、私の個性学は語れない』という趣旨の言葉を遺しています。

この言葉を手がかりに検討を重ねると、増永のタイプ論は、五行思想ではなく、その手前にある二行思想・三行思想・四行思想という、より原初的な分化構造に立脚していると考えざるを得ません。

その中で、2類型に対応するのが二行思想=二つの立脚点です。

増永が実際に心理学説と占術をどの順序で照合していったのかは明らかではありません。しかし構造的に見れば、この二行思想こそが、もっとも小さく、もっとも根源的な単位であったと考えるのが自然です。

増永自身が、『干と支(天干と地支)の原始的な組合せを否定し、六十干支そのものを個性として考えた』

と述べていることを踏まえると、二つの要素を分解せず、ひとつの「塊」として捉えるという発想が、すでにこの段階から貫かれていたことがわかります。

このことから私は、2類型を単なる「内向/外向」や「開放/内閉」といった性格傾向ではなく、「世界へ向かうか/自分から始まるか」という、存在論的な二極として捉えるのが最も適切だと考えています。

それは、3類型のように配分で語れるものではなく、人の心理構造における最小単位の分岐点なのです。