こんにちは。
生年月日からタイプ分類界の老害、揚げ足奉行の戸栗です。
さて、ここまでシリーズで扱ってきた『こじか(M1タイプ)は高圧的な人が特に嫌い』という表現に含まれる、この「特に」です。
言葉のニュアンスとしては、「12タイプ中でも際立って苦手」という意味合いに受け取られるでしょう。
では、なぜこのような表現が増永学説(原典)から派生して生まれたのか。
私は、その背景に「動物キャラクター化」という要因があるのではないかと考えました。
■ 動物キャラ化は功績でもあり、落とし穴でもある
十二運の漢字を動物に置き換えた発想は、間違いなく優れたアイデアです。
・親しみやすい
・覚えやすい
・イメージしやすい
この功績は否定しようがありません。
しかし同時に、動物が持つイメージそのものが、時間とともに誇張されていくという副作用も生みました。
今回は、その中でも特に影響の大きい「こじか」について見ていきます。
■ 「しか」ではなく「こじか」の破壊力
12匹の動物の中で、唯一「子(小)」が付いているのが「こじか」です。
成人した鹿は、自然界では大型で、群れの中に序列を持つ動物です。しかし「こじか」という言葉になると、
・小さい
・守られる存在
・怯えやすい
・純粋・無垢・か弱い
・バンビ(ディズニー的イメージ)
こうした連想が一気に重なります。この時点で、
・圧に弱い
・怖がり
・強く出られると萎縮する
という感情誘導的な前提が、タイプ理解の前に刷り込まれてはいないでしょうか。
■ 本来のM1タイプ(こじかさん)は
【その④—1】、【その④—2】で整理してきた通り、M1タイプは確かに
・不慣れな場
・立場が下
・評価が不明確
といった状況では、弱さや萎縮が表に出やすい特性を持ちます。
しかし一方で、
・慣れた環境
・役割が明確
・上の立場
に置かれたとき、義理・誠意・正しさを根拠に“圧”を出せる人でもあります。
つまりM1タイプとは、常に弱い人ではなく立場や環境によって態度が反転する人で、きわめて社会的で、状況適応型のタイプなのです。
■ 「こじか」という比喩が固定してしまったもの
にもかかわらず、「こじか」という比喩によって
・永遠の受け身
・常に守られる側
・圧に弱い存在
として固定されてしまう。もちろん、元来気弱なM1タイプの方にとっては「分かるわ~」と感じる表現かもしれません。
しかしそれはM1タイプの一部の側面であって、タイプ全体を代表する姿ではありません。むしろ一定数のM1タイプの方々にとっては、違和感や反発を生む表現にもなり得るのではないでしょうか。
■ 私がこの話題を取り上げ続ける理由
私が危惧しているのは、こうしたラベリングによって生まれる認知バイアスです。
「こじかだから弱い」
「こじかだから圧に弱い」
「こじかだから嫌いに決まっている」
そして「全くそうだ」=「当たっている」
しかもこの構造は、12タイプ(12匹)全般に言えることです。
この思い込みが安心感の反面、本人の自己理解や対人理解を知らず知らずのうちに狭めてしまう。さらに「決めつけ人」と「決めつけられ人」を量産している。
それを少しでも防ぎたい。その意図が、このブログとサイト、そしてnoteの根底にあります。
■ その④—3のまとめ
結局のところ、『特に』という言葉に対する明確な説明は、未だ得られていません。その代わりに、私の問いかけに対する“返答であろう投稿”がご本人のタイムラインには現れていました。
次回、最終回ではそれを踏まえた上で、この一連のズレが何を示しているのかを整理して締めたいと思います。
では、また。


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