「丁寧に扱ってくれる場所を選べばいい」という言葉について

こんにちは。

生年月日からタイプ分類界の老害、揚げ足奉行の戸栗です。

今回、SNSで目に留まった投稿がこちらです。

『…タイプたちは、無理に合わせるより、丁寧に扱ってくれる場所を選ぶ方が100倍うまく行く』

この「…」の部分には、

・黒ヒョウ:M3タイプ(冠帯)
・こじか:M1タイプ(養)
・ひつじ:M2タイプ(墓)

が入るそうですが、実は今日のお話は、【言葉はどこでズレた?その⑤】の続きでもあります。

■ さすがに比喩ですよね

はい。

頭が固い昭和のオヤジでも、この「100倍」が比喩であることくらいは理解しています。「うまく行く可能性がある」よりも、「100倍うまく行く」と言った方が、SNSでは圧倒的にウケがいい。

そこまでは、分かります。

……分かりますが。

このブログをここまで読んでくださっている方なら、私がこの表現に対して何を言いたくなるかは、もうお察しいただけるでしょう。ですので、「100倍」という数字そのものについては、ここではこれ以上触れません。

■ 「丁寧に扱ってくれる場所を選ぶ」という発想

この言葉が指しているのは、おそらく職場やコミュニティ、何らかの集まりの場のことなのでしょう。整理すると、こういう意味になります。

『この3タイプは、丁寧に扱われないと能力が発揮できない。だから、丁寧に扱ってくれる場所を選びましょう。』

一見すると、とてもやさしく、救いのある言葉のように見えます。しかし私は、この言葉の裏側に、少し気になるメッセージが潜んでいるように感じます。

たとえば─

・自分なりに「何かを乗り越えよう」とする力を使わなくなる
・環境への依存を正当化しやすくなる
・「合わない=才能が止まる」という物語が固定化される

こうした方向へ、無意識のうちに人を導いてしまう可能性はないでしょうか。まるで、やさしい顔をしたサブリミナルのように。

■ 甘えと依存の境界線

私はこの言葉を目にして将来

「丁寧に扱え!」
「雑にするな!」

そんなプラカードを持って、抗議集会をしている3タイプの方々の姿が、ふっと頭に浮かんでいます。

もちろん、これは比喩です。

ただ最近、動物のテキスト通りに生きること、マニュアル通りに振る舞うことが、「正しい」「安心」とされ、あまり思考を深めることを好まない人たちを、SNSの力で「こっちにおいで。簡単だし、楽だよ」と誘導しているように見える場面が増えた気がして、少し気になっています。

人は、本来、自分の力と意志で空を飛べるはずです。それなのに、

「その場所はあなたに合わない」
「ここにいれば楽ですよ」

という言葉によって、いつの間にかその羽根を自分で外して(いや、外されて)しまってはいないでしょうか。

本日はここまで。

では。

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